東方管制塔開発者による、十六夜咲夜のPAD長ネタ壊滅論

 自分は東方管制塔の開発協力者ということになっているのだが、東方管制塔開発者であるCycloSaki氏とネット上で会話をした際に、氏が十六夜咲夜のPAD長ネタに関して過激ともいえる強い思いを熱く語った。「せっかくだしその思いを文章化してみては?」と面白半分に提案したところ、快諾してくれた。本人の許可を頂き、ここに転載する次第である。

 ここに転載されている文章は、自分個人の考え方は一切入っておらず(入っておらず)、すべてCycloSaki氏の主張である。以下、転載である。

 


十六夜咲夜のPAD長ネタはなぜ壊滅すべきか?
~二次創作における侮蔑的呼称の正当性について~


CycloSaki


1.はじめに
 アニメ・漫画・ゲーム大国である日本においても屈指の規模と人気を誇る同人ゲームコンテンツ、東方Project十六夜咲夜は、その東方Projectでも比較的人気の高いキャラクターだ。だが、一部の東方二次創作界隈においては、十六夜咲夜についてPAD長などという、まさしく侮蔑とでもとるべき忌々しい呼称が存在する。本論文では、そのPAD長ネタがなぜ壊滅すべきであるか、如何にして壊滅すべきかを述べたものである。


2.本テーマ設定の理由
 本論文の作者であるCycloSakiにとって、十六夜咲夜東方Projectにおいて最も好きなキャラクターであり、いわゆる作者の「推し」である。しかし、その十六夜咲夜に、一部とはいえ「PAD長」という蔑称ともとれる呼称が使われていることに関して、見過ごせない事態であると感じ、本テーマを設定した。


3.十六夜咲夜とは
 「はじめに」でも述べたとおり、十六夜咲夜とはZUN氏率いる上海アリス幻樂団による人気同人ゲームコンテンツ「東方Project」における人気キャラクターの一人である。

 

Ⅰ.初出
 十六夜咲夜の初出は2002年8月にコミックマーケットで完成版が頒布された東方Project第六弾「東方紅魔郷 ~ the Embodiment of Scarlet Devil.」(以下紅魔郷)である。作品内では第五面の道中ボス、ステージボスおよび第六面の道中ボスの役割が割り当てられている。


Ⅱ.能力
 「時間を操る程度の能力」を有しているとされる。主に使用されるのは時間停止能力であるが、時間の流れを遅くすることで超高速で動く能力、時間の流れを速め、存在を変化させる能力も伴っている。また、時間と密接に関わる空間の操作も可能とされる。


Ⅲ.概要
 「紅魔館」の主である吸血鬼レミリア・スカーレット(以下レミリア)に仕えるメイドである。
 東方Project原作者のZUN氏曰く、吸血鬼に仕えていながら人間であるそうだが、不明な点も多く断定はできないと考えられる。

Ⅳ.性格
 十六夜咲夜の性格の設定については、紅魔郷東方Project第八弾「東方永夜抄 ~ Imp
erishable Night.」(以下永夜抄)以降の作品においては顕著な相違が見られる。


(ⅰ)紅魔郷における十六夜咲夜の性格
 紅魔郷ver1.02hに同封されている「おまけ.txt」には、「これといった名誉欲や支配欲などはなく、飯さえ食えればそれでいいと思い、紅魔館でメイドをやっています。」との記述があり、ただ自分自身の生活のために紅魔館にて吸血鬼レミリアに仕えていることになる。また、作品内における会話などからも、義理的ではあるが主人の命令には忠実で、クールな性格であると解釈できる。


(ⅱ)永夜抄以降の作品における十六夜咲夜の性格
 永夜抄以降の作品においては、十六夜咲夜の性格について若干の変化が見られる。
先述の通り、紅魔郷ではクールで飄々とした性格であると推察される十六夜咲夜だが、永夜抄、あるいはその一つ前の作品である「東方妖々夢 ~ Perfect Cherry Blossom.」(以
妖々夢)においては、そういったイメージを瓦解させる会話が多々見られる。
 妖々夢においては、初出作品紅魔郷の次の作品にして自機として登場する十六夜咲夜だが、第三面におけるステージボス、アリス・マーガトロイド(以下アリス)に「自分の心配もしたら?」という発言に対し、替えの服やナイフを持ってきていないことを心配している旨の発言をした。
 永夜抄では紅魔郷から性格の変動がかなり大きい。永夜抄でも主人レミリアとともに自機として登場した彼女だが、まずレミリアとの会話にため口が見られるなど、厳格な主従関係があまり感じられないのである。
 もちろん、従者ゆえに主人への忠誠心がないということではない。だが、永夜抄でのそれは、紅魔郷の時のような義理的な忠誠心ではなく、より本質的なものであると考えられるのである。すなわち、主人レミリアとの主従関係がゆるやかでフレンドリーな性質を帯びているのである。なお、東方Projectの二次創作においてレミリア十六夜咲夜の関係が描写される際は、この永夜抄での設定が用いられることが多いようである。
 そのほかの作品においても、主人に全くの悪意なしに毒入りの紅茶を出す、趣味が、珍しいもの(特に希少な食材)の収集、怪しげな創作紅茶、クライミング、釣り、などと紅魔郷での彼女の性格からすれば考えられない奇行が目立つ。
 これらのことから、十六夜咲夜は完全な仕事ぶり、瀟洒かつ気品に満ちている反面「マイペース」で「天然」という評価がなされている。


4.PAD長とは
 PAD長とは、十六夜咲夜の二次創作で一部の場面で利用されている呼称である。東方Project原作での正式な呼称および二つ名ではない。

Ⅰ.なぜこの呼称が誕生したか
 紅魔郷妖々夢では十六夜咲夜の立ち絵は貧乳(俗に女性の胸が小さいこと)で描かれていた。だが、東方Project第7.5弾「東方萃夢想 ~ Immaterial and Missing Power.」(以下萃夢想)では胸が人並みの大きさで描かれ、その後の永夜抄では元の紅魔郷妖々夢における大きさで描かれている。
 このことから、萃夢想では胸にPADを入れていたのではないかという説が浮上し、そのことからあくまで二次創作での十六夜咲夜はPADを使用しているといった設定が生まれた。PAD長とは、この設定と、彼女の紅魔館での役職であるメイド長が組み合わさってできた造語であり、十六夜咲夜の呼称として一部で用いられている。
 立ち絵での胸の大きさが変化した原因は、紅魔郷妖々夢永夜抄の立ち絵作者と萃夢想の立ち絵作者が異なるためである。紅魔郷妖々夢永夜抄は作者である上海アリス幻樂団のZUN氏がキャラクターデザインと立ち絵の作成を手がけているが、萃夢想は同人サークルである黄昏フロンティア制作の作品であり、キャラクターデザインも、黄昏フロンティア所属のAlphes氏が手がけている。


Ⅱ.巨乳長
 東方おっぱいタグの一つで、メイド長と巨乳(俗に女性の胸が大きいこと)の合成語であり、PAD長へのアンチテーゼを含んでいると考えられている。


Ⅲ.その他派生的ネタ


(ⅰ)サラシ
 妖々夢永夜抄では戦闘のためにサラシを巻いており、宴会の予定であった萃夢想では巻いていなかっただけとする「サラシ長説」も一部で存在する。

(ⅱ)シリコン長
 「シリコン長」も存在するとされているが、その真偽は定かではない。

 これらPAD長ネタを含め、派生および関連ネタである「巨乳長」、「サラシ長」、「シリコン長」は、いずれもあくまでファンによる二次創作上の設定であり、東方Project原作における明確な根拠は存在しない。


5.PAD長ネタ壊滅論


Ⅰ.表現の自由の保証

 表現の自由を含め、すべて自由は、公序良俗に反しない限りにおいて、正当に保証されるべきである。人類の歴史、特に近代から現代に至る歴史の中で、人類は自由のためにあらゆる場所で、あらゆる戦いを繰り広げていた。自由を得るために多くの人々の血が流れたのである。自由とは、いかなる理由があれども決して軽んじられるべき存在ではない。今ある自由には数多くの人々の命の重さがかかっているのである。

 ただし、先に述べたとおり、自由とは、公序良俗を著しく反しない範囲において認められるべきである。


Ⅱ.二次創作における表現の自由
 二次創作において、表現の自由を「公序良俗に違反しない範囲」で認めることは、いかなる場合でも可能であるわけではない。
 二次創作とは、既存のコンテンツをそのファンが利用してコンテンツ原作とは別個の独自の作品を作ること、およびその創作物のことである。二次創作においては、多少とも原作での設定を流用するのが普通であり、これは東方Projectの二次創作でも同様である。ただ、コンテンツ原作での設定は不明瞭な部分もあり、二次創作ではファンの自由な考察が繰り広げられることもある。このように、ファンの想像が存分に生かされるのも二次創作の特徴の一つだ。
 しかし、既存のコンテンツを利用して作品を作っている以上、二次創作ですべての表現が許されるわけではない。特定のキャラクターを不必要に貶めるような表現を用いたり、特定のキャラクターあるいはキャラクター群に対し、一方的かつ不当な憎悪を向けるような表現は、ファン同士での争いを誘発しかねない。
 また、コンテンツ内のキャラクターなどを利用して偏向的、過激的な思想を表現する、あるいは特定の人種、民族、宗教、集団などを攻撃するといった行為は、そのキャラクターやコンテンツ自体の社会からの評価を悪化させる要因になり得る。
 このような、ファン同士での紛争の回避、コンテンツそのものの印象の悪化を回避するために、二次創作での表現の自由は一定の制限が必要である。実際、東方Projectでは二次創作ガイドラインが策定されている。もちろん、二次創作の作成者や、第三者が二次創作における表現の自由を過度に制限することは、表現の自由そのものの保証に関わる可能性もあり、一概に容認することはできないが、原作者自身が二次創作に規定を設けた場合、二次創作作成者はこれを考慮するべきである。


Ⅲ.PAD長ネタの不当性
 十六夜咲夜のPAD長ネタの二次創作としての正当性を考える。


(ⅰ)東方Project二次創作ガイドラインへの抵触の可能性

 東方Project二次創作ガイドラインへ抵触する可能性について考える。PAD長ネタが抵触する可能性があると考えられる禁止事項は


東方Projectのイメージを損なう内容」出展:東方Projectの二次創作ガイドライン


あるいは


「その他過剰な性的表現や、特定の個人、団体、人種などを中傷する内容等、社会通念上著しく不適応だと判断される行為」出展:東方Projectの二次創作ガイドライン

であるが、PAD長ネタが、東方Projectの印象の悪化に直接的につながるとは考えづらく、また、過激な性的表現や社会通念に著しく反するとも言えない。
 だが、十六夜咲夜というキャラクターへの印象悪化や誤解を生むことがあり得る。


(ⅱ)十六夜咲夜の二次創作設定としてのPAD長ネタの不当性
 PAD長とは、一部で用いられている十六夜咲夜の呼称の一つであるが、蔑称としての性質を帯びている。先より述べているとおり、十六夜咲夜がPADを使用しているといった設定は、東方Project原作には存在せず、ファンにより作られた二次創作設定であり、一方的に、根拠のない「PADを使用している」という設定が付与されたものだからである。
 二次創作では、ファンの考察に基づき二次創作独自の設定が構築されることは多々あり、これが二次創作の特徴である。十六夜咲夜も同様に、二次創作で様々な考察設定、説が存在する。しかし、そういった設定・説は、原作上で少なからず根拠が存在し、その根拠に基づいて作られているが、PAD長ネタに関しては、原作に明確な根拠が存在しない。4.1で示したとおり、PAD長ネタは立ち絵の胸の大きさが異なるという理由で生まれたものであり、原作上に根拠が存在するのではなく、「ゲームの立ち絵」というメタ的な視点に立った上で考えられたものだ。原作の十六夜咲夜の設定ではPADの使用の有無はおろか、胸の大きさの規定はなされていない。立ち絵の胸の大きさの違いは、絵師個人の裁量によって生じたものだ。そしてこうした絵師の裁量によって生じた胸の大きさの違いという、作品そのものに関係性の一切ない変化によってPAD使用説を提唱するのは不当であると言える。
 また、根拠が明確でないとはいえ、PAD長という呼称が存在することにより、十六夜咲夜の設定、印象について誤解が生じる可能性も存在する。二次創作がすべて原作に準拠する必要性はないが、原作に明確な根拠を有しない、原作からあまりに乖離した二次創作設定は、原作から二次創作に及ぶキャラクターの印象への悪影響につながりかねない。根拠の明確性が希薄なPAD長ネタは、十六夜咲夜の印象誤解になり得る。
PAD長ネタは、東方Projectの二次創作ガイドラインへの抵触の可能性は低くとも、二次創作設定としての根拠の希薄さ、キャラクターとしての十六夜咲夜の印象への悪影響という点からも、不当性が高いと言える。


Ⅳ.PAD長ネタの壊滅


(ⅰ)PAD長ネタを壊滅させる目的
 5.Ⅲ.(ⅱ)より、PAD長ネタは二次創作設定として存在の根拠が明確でなく、十六夜咲夜の印象への悪影響やキャラクターへの誤解につながる、不当性の高い二次創作設定である。
 東方Projectの二次創作を円滑に進めるためには、印象の悪化、コンテンツへの誤解は避けるべきである。十六夜咲夜のキャラクター性や印象を保守するべく、PAD長ネタは二次創作設定として壊滅させることが望ましい。


(ⅱ)何を以て壊滅とするか
 PAD長ネタ壊滅を壊滅するに当たって、壊滅を明確に定義する必要がある。壊滅の定義については、形式的壊滅と、本質的壊滅の二つがあげられる。


①形式的壊滅
 形式的壊滅とは、単に「PAD長」という呼称を一概に消滅させることである。


②本質的壊滅
 本質的壊滅とは、「PAD長」呼称の消滅の他に、「PAD長」の概念および十六夜咲夜PAD使用説を明喩的あるいは暗喩的に含むあらゆる表現を消滅させることである。


 PAD長ネタの根底には、十六夜咲夜PAD使用説があり、形式的壊滅によってPAD長という語を消滅させたとしても、PAD長概念は二次創作に残存するものと考えられる。PAD長という語は、PAD長概念を形式化したものであって、語の消滅は、PAD長ネタ壊滅の目的を本質的に達することにはならない。したがって、PAD長を概念から壊滅させるためにも、本質的壊滅に限って論ずることとする。


(ⅲ)未来指向的壊滅
 PAD長ネタを壊滅させる上で、以下の二つのパターンがある。


A:未来におけるPAD長ネタのみ壊滅させる。


B:PAD長ネタを過去・現在・未来に渡って壊滅させる。


 パターンAでは、今後、未来永劫的に、あらゆるPAD長概念を明喩的ないし暗喩的に含む表現を消滅させることであるが、過去に制作された表現は壊滅させない。
パターンBでは、過去に制作されたPAD長ネタを含む表現を壊滅させた上で、未来永劫に渡ってPAD長ネタを壊滅させる。
 二つのパターンいずれにおいても、今後、PAD長ネタ表現を存在させないことは共通しているが、既存のPAD長ネタを壊滅させるかどうかに関して異なっている。だが、パターンBは過去の抹消であり、現実性が著しく低い。重要なのはPAD長ネタを二度と繰り返さないことであり、過去の歴史を抹消することではない。PAD長ネタは未来指向的に壊滅させなければならない。


(ⅳ)如何にして壊滅させるか
 東方Project二次創作を形作っているのは、我々東方Projectファンである。東方Projectの原作および二次創作に従事する我々がPAD長ネタの不当性を念頭に置き、PAD長ネタを言語的な部分からより概念的な部分に渡って一切の使用をしない、使用を許さないことを意識せねばならない。個々の努力と意識改革こそPAD長ネタを壊滅させうる最大の方法かつ唯一の方法である。


6.おわりに
 PAD長ネタは、東方Project原作において作品の設定に基づいた明確な根拠を持たず、かつ不当な存在であり、壊滅あるのみである。PAD長ネタの壊滅のために、我々はPAD長ネタ壊滅に志向し、尽力せねばならない。


7.参考文献
ピクシブ百科事典「十六夜咲夜(いざよいさくや)とは」
<https://dic.pixiv.net/a/%E5%8D%81%E5%85%AD%E5%A4%9C%E5%92%B2%E5%A
4%9C>(アクセス日:2022年4月15日)


ピクシブ百科事典「東方紅魔郷(とうほうこうまきょう)とは」
<https://dic.pixiv.net/a/%E6%9D%B1%E6%96%B9%E7%B4%85%E9%AD%94%E9%83
%B7>(アクセス日:2022年4月15日)


ピクシブ百科事典「PAD長(ぱっどちょう)とは」
<https://dic.pixiv.net/a/PAD%E9%95%B7>(アクセス日:2022年4月15日)


ピクシブ百科事典「巨乳長(きょにゅうちょう)とは」
<https://dic.pixiv.net/a/%E5%B7%A8%E4%B9%B3%E9%95%B7>(アクセス日:2022年4月
15日)


東方よもやまニュース「東方Projectの二次創作ガイドライン
<https://touhou-project.news/guideline/>(アクセス日:2022年4月15日)


ZUN(2002年8月11日)「東方紅魔郷 ~ the Embodiment of Scarlet Devil. おまけ.txt」上
海アリス幻樂団